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マナド


マナドについて

マナド湾に面して広がるマナドは、南スラウェシ州のマカッサルに次ぐスラウェシ島第二の都市である。
かつてはウェナンと呼ばれていたが、1623年にマナドと改名された。古くから香辛料貿易の拠点となってきたマナドでは、スペイン、オランダ統治時代のキリスト教布教を経て、現在もキリスト教徒が人口の7割を占めている。
大通りに沿ってヨーロッパ風の教会が立ち並び、陽気で開放的な雰囲気を持つマナドは、イスラム人口の世界一のインドネシアの中では異色の街である。また、他の地域であるような宗教紛争とも無縁のマナドは、治安の良さではインドネシアでもトップクラスを誇る。豊富な種類の珊瑚や熱帯魚、世界有数のダイビングスポットで1500mのドロップオフをもつブナケン島を擁していることから、世界中のダイバーにマナドの名は広く知られている。

マナドの基本情報

通貨

インドネシアルピア(Rp)

人口

405,715人(2005)

言語

インドネシア語、マナド語

民族

ミナハサ人、サンゲ・タラウ人、ボラン・モンゴンドウ人、ゴロンタロ人

行政区画

北スラウェシ州の州都

面積

157.26km²

位置

インドネシアのスラウェシ島のミナハサ半島最北端に位置する。

気候

熱帯雨林気候

時差

1時間

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マナドの観光スポット

観光地として人気があるのがブナケン島。インドネシアのほぼ中心、スラウェシ島北部に位置し、その沖合い1時間ほどのところに浮かぶ広大な珊瑚礁と世界有数のドロップオフに囲まれた国立公園内の島である。

ダイバー憧れの地、ダイビングのメッカとして知られ、世界中のダイバーがこぞってリピートする島として知られている。1991年、マナドトゥア島、マンテハゲ島、シラデン島、ナエン島を含むブナケン島周辺の89,065haの海域が「ブナケン国立海洋公園」として指定された。

ブナケンのドロップオフには70種以上のサンゴ礁、2,500種以上の魚が生息し、ダイビングシーズンは4月~10月の乾季の時期である。マナド近郊では1998年と2007年に生きたままのシーラカンスが捕獲された。アジアで生きたままのシーラカンスが捕獲されたのはこの二件だけであり、日本やフランスの国際研究チームが現地で調査に当たっている。

マナドのグルメ

マナドの名物料理にはティヌトゥアン(マナドの野菜お粥)、パニキ(コウモリ料理)、エルウェ(犬肉料理)、焼き豚、、ゴフ(パパイヤの酢の物)などがある。そして、マナドの人々の食は何はさておいても唐辛子から始まる。国内でもトップクラスの激辛エリアであり、辛いもの好きで有名な人たちである。通常の種類の唐辛子では辛さが足りないので、他県より、唐辛子の中でも更に辛いスペシャル唐辛子を調達している程である。

また、ここにはインドネシアの他の地域のサンバルソース(唐辛子ソース)には到底勝ち目がないほど美味い、地元固有の唐辛子ソース「ダブダブ」というものがある。ライムジュース、トマト、オニオン、ニンニク、チリなどで作られるこのソースは、各家庭で作られる「おふくろの味」であり、日本の醤油のように多くの料理に使われている。

マナドの宗教

15世紀の大航海時代、ポルトガルの支配下にあり、後にオランダ東インド会社の植民地として栄えたマナドは、リーデル、シュバルツなどのオランダ人宣教師によってキリスト教化され、現在、約20万人の人口の90%がミナハサ人を中心としたキリスト教徒である。他のインドネシアの町と異なり、町には教会が建ち、サロンを腰に巻く人もなく、日曜日には着飾ったミナハサ人が礼拝に向かう。

マナドとトモホンの境にある住宅地チトラランドの丘には、ブラジルのコルコバードのキリスト像に次ぐ巨大キリスト像がある。その姿はまるでマナドの街を見守っているかのようである。モスクや仏教寺院も無論あるが、キリスト教徒が大半を占めるマナドでは過去、コーランを聞くことはなかった。しかし、ここ最近はジャワ人の流入が進み情勢は変わってるように見える。 マナドの中心街でも朝4時にはコーランが流れるようにもなっている。

マナド人のモットー

ミナハサ人は自分たちの事をカワヌア人と呼んでいる。カワヌアの意味は家族、国民、一つの国であり、マナド人のモットーは「シトウ・ティモウ・トゥモウ・トウ(人は他人の面倒をみるために生きている)」である。この言葉は、古来よりミナハサに伝わる格言であり、オランダ植民地時代にマナドのミナハサ協議会で書記官を務めサム・ラトゥランギが、民衆の心を一つにすべく広めたものである。

サム・ラトゥランギ指導による教育基金の設立や農地開拓などの活動は、後に宗主国オランダのミナハサでの強制労働の撤廃にも繋がってる。この言葉は空港の正面にも書かれるほどポピュラーなものとなっている。また、「私たちはみな兄弟」という言葉もマナド語による北スラウェシのモットーであり、各種イベントでのスピーチの中にもよく登場する言葉である。

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