バーゼルの観光スポット
大聖堂(ミュンスター)
旧市街にある街を象徴する大聖堂である。赤砂岩の壁や色彩豊かな屋根瓦、2つの塔を持つ。何世紀にもわたって建てられた歴史ある建物。
宮殿(プファルツ)
大聖堂の裏側に位置し、テラスがライン川の上に高くそびえ、旧市街を一望できる他、フランス、ドイツ、スイスの3国の国境地点まで眺めることもできる。
市場広場(マルクトプラッツ)と市庁舎(ラートハウス)
市の中心部に位置する市場広場では、新鮮な野菜、果物、花などが日曜日以外の毎日売られている。この広場にある赤砂岩の壁の市庁舎は16世紀初頭に建てられ、建築様式はルネッサンスとゴシック様式が見られる。会議室、中庭、アーケード、塔は特に必見である。
中央ライン橋
ライン川を横断する、1225年に建設された歴史的にも大変重要な橋。今日では川の両岸を多くの川船と艀が行き来している。
バーゼル美術館
国内有数の美術館であり、ホルバイン家の世界最大のコレクションを有し、世界最古のパブリックアートコ レクションなどを鑑賞できる。
その他バーゼルの観光スポット
タンゲリー噴水、シュパーレン(シュパーレン門)、バーゼル大学、バイエラー財団、ライン川の港など。
バーゼルの歴史
紀元前1世紀、現在バーゼル大聖堂がある丘にケルト人によって町がつくられた。バーゼルの設立は紀元前44年とされており、ローマ人はこの時代アウグスタ・ラウリカ付近に居住していた。およそ500年後、アウグスタ・ラウリカがアルマンによって破壊された後も、司教が司る要塞としてバーゼルは残っていた。10世紀初期、フン族来襲によってカロリング大聖堂は破壊された。13世紀までにこの地は地域において重要なものとなった。1225年、ライン川初の橋となるミットレーレン橋が建設されたことや、イタリアへ通じるゴットハルト峠の道路の開通などにより、商業上重要な地へと発達していった。
14世紀中頃、伝染病によって地元住民の1万4千人以上を失い、その後間もなく地震と火災に見舞われ街の建物の多くが破壊された。クラインバーゼルとグロースバーゼルの2つのライン川両岸の居住区はこの状況に押され合併し、1つの市となった。15世紀半ば、市は新たな重要な地位に、この地のキリスト教協議会によって格上げされ、1440年、盛大な祝賀会がフェリックス5世法王の戴冠を中心に開かれ、司教や皇帝、王子、哲学者や商人らが市に大挙して流入した。1460年、バーゼル大学をピアス2世法王が設立した。このスイス最古の大学は学問の中心として知られ、有名な人物(オランダの哲学者エラスムスなど)を1520年代~1530年代に輩出した。この地の産業の基盤は労働力として必要となった欧州他地域からやって来た新教徒難民たちによって成長を続けていった。
これら新たな移民らは17世紀~18世紀、この地に居住し働く事は許されたが、市民としては認められなかった。これに対し1831年、不満を募らせた移民らが市政府に反発、市から離脱し新たな州、バーゼルラントを設立し今日のバーゼルシュタットから分離した。19世紀に市の工業基盤は大きな成長を遂げ、重要な港湾施設がライン川に発展した。今日では世界最大の製薬会社の本社が置かれ、1929年には国際決済銀行(BIS)が設立されるなど、国際的銀行と化学の中心地として更に有名になっている。