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ベルリン


ベルリンについて

ドイツ(ドイツ連邦共和国)とは、ヨーロッパの中心に位置する連邦共和国である。1990年ドイツ再統一により、領域は旧東ドイツ(ドイツ民主共和国)の15県と東ベルリンを6州として、西ドイツ(ドイツ連邦共和国)に編入され、現在の16州になる。
工業製品輸出国として世界第1位であり、GDP世界第4位の経済大国。G7(世界先進7ヶ国)の一つであり、EU(欧州連合)ではフランスに並ぶ中核国となっている。

ベルリン(Berlin)は、ドイツの北東部に位置し、ドイツ連邦共和国の首都である。プロセイン王国の首都として栄え、1920年代には「黄金の20年代」と呼ばれ、ヨーロッパ屈指の文化都市となったベルリン。東西ドイツ分割と再統合という激動の時代を経て、1990年から統一ドイツの首都として歩き出し、無人地帯だった荒れ地は再開発され巨大なビジネス・商業エリアに変わり、現在も街のあちこちは建築現場が多い。
ベルリンは、ドイツ最大の都市であり、政治の中心地ではあるが、地方分権の歴史が長いドイツでは、金融、交通、産業の中心は東京やパリの様に一極集中では無く地方に分散している。
日本からベルリンまでの直行便は無く、ヨーロッパ各地で乗り継ぎベルリンへたどり着く。

ベルリンの基本情報

通貨

ユーロ(EUR)

人口

約346万人

言語

ドイツ語

民族

ドイツ系がほとんど。ソルブ人やフリース人などの少数民族など

行政区画

・ミッテ区(Mitte)、フリードリヒスハイン=クロイツベルグ区(Friedrichshain-Kreuzberg)、バンコー区(Pankow)、シャルロッテンブルク=ヴィルマースドルフ区(CharlotteburgーWilmersdorf)、シュパンダウ区(Spandau)、シュテークリッツ=ツェーレンドルフ区(Steglitz-Zehlendorf)、テンベルホーフ=シェ-ネベルグ区(Tempelhof‐Schoneberg)、ノイケルン区(Neukolln)、トレプトー=ケベニック区(Treptow-Kopenick)、マルツァーン=ヘラースドルフ区(Marzahn‐Hellersdorf)、リヒテンベルク区(Lichtenberg)、ライニッケンドルフ区(Reinickendorf)

面積

891平方キロメートル

位置

北緯52度30分59秒、東経13度22分39秒に位置する。

気候

北海道よりも緯度が高いベルリンは、冬が厳しく平均気温は氷点下になる。夏は湿度は低く暑すぎないが、雨が降ると気温が下がるので、薄手の上着が必要。

時差

日本とベルリンの時差は、マイナス8時間。サマータイム時はマイナス7時間。ベルリンの方が8時間遅れている。

ベルリンの旅行情報

ベルリン旅行の見どころや文化など、旅行情報はこちら!

ベルリンの空の玄関口

ベルリン(Berlin)の空の玄関口は中心部から北西約8Kmに位置するテゲール国際空港である。ベルリンには3つの空港があるが2010年現在ドイツ国内およびヨーロッパ各地からの便が発着するメインの空港はテゲール空港。ターミナルがAからEまであり、出発・到着口があるターミナルAを中心に囲むように六角形の建物になっている。
テゲール空港からベルリン市内までの交通手段は、空港バス、タクシーがある。バス乗り場は、ターミナルBを出て両側にあり、5路線に分かれベルリン中央駅までTXL番で約15分。タクシー乗り場は、ターミナルAとCの出口にあり、中心まで約15分。
2012年頃には、市街地から南東約25Kmに位置するシェーネフェルト空港が、現在滑走路や施設の拡張工事が進行中で、ベルリン・ブランデンブルグ国際空港として開港され、テゲール国際空港は閉鎖される予定だ。

ベルリンの観光スポット

1791年プロセイン王国の凱旋門として建てられたブランデンブルグ門を起点に、テレビ塔まで続く並木道、ウンター・デン・リンデン周辺には観光スポット、お土産店がいっぱい。東西分裂時代はブランデンブルグ門は壁に囲まれていた為、くぐる事はできなかったが、今では多くの人々が毎日行き来している。
1894年に建てられた帝国議会議事堂は、1933年の炎上後、8年の歳月をかけ大改築され屋上のガラスドームからは街が眺められ、見学者の列が絶たない。フリードリヒ2世の弟の宮殿がフンボルト大学として利用され、森鴎外がフンボルト大学に通っていた時の下宿先は記念館になっている。
1893から1905年にかけて建造されたネオ・バロック様式の大聖堂は、ベルリン最大規模。「赤の市庁舎」と呼ばれるレンガ造りの建物は、現在はベルリン市の市庁舎。1969年に完成した高さ368メートルのベルリンのランドマーク、テレビ塔の展望台から街が一望できる。
街は壁そのものが残っている場所は少ないが、検問所横には壁博物館(チェックポイントチャーリーハウス)やベルリンの壁ドキュメントセンターで当時の写真、映像資料、当時のまま残された地帯も見る事もできる。

ベルリンのグルメ

首都ベルリンでは、イメージ通りの肉料理とジャガイモにビールとボリューム満点のドイツ料理はもちろん、バルト海、北海の二つの海からあがるシーフードを使った料理も楽しめる。
ベルリンでの名物は、骨つきの豚の足を塩ゆでにしたアイスバインや、大きなミートボールをクリームソースで煮込んだケーニヒスベルガー・クロプセなどがある。ミッテやプレンツラウアーベルク地区を中心に、インテリアに凝ったおしゃれなカフェが市内には多くある。
散策の途中に、バームクーヘンなどのスイーツや珍しいビールでドイツらしい休憩ができる。

ベルリンの歴史

ベルリンは、1871年プロセインによる「ドイツ帝国」の首都として栄え、ワイマール共和国時代には「黄金の20年代」と呼ばれるほど、ヨーロッパにおける国際政治の中軸となる。
1880年代には、日本の文豪森鴎外が留学した事でも知られている。第一次世界大戦でドイツ帝国の崩壊後も、ベルリンはなおもヨーロッパの芸術・学問の中心として栄えた。ナチス政権の登場とともに、ゆがめられた政策により文化が衰退していった。
第二次世界大戦後、一旦はソ連がベルリン全域を占領したが、その後、アメリカ、イギリス、フランス、ソ連の4カ国による分割占領となり、1949年東西ドイツが分裂後は、東側のソ連占領地区は旧東ドイツの首都東ベルリンに、西ベルリンは西ドイツの飛び地として存続された。
労働人口の流出を恐れた東ドイツ政府は1961年8月13日一夜にして、東西境界線上に壁を築き物的な分断を図った。
1989年11月9日、東ドイツは東西ベルリンの境界線を開放し、壁は崩壊。東西ドイツは統一し、翌年ベルリンが再びドイツの首都となった。

ベルリン中央駅

ベルリン中央駅(Berlin Hauptbahnhof)はベルリンにあるドイツ鉄道の駅である。2006年5月26日、サッカーのワールドカップ・ドイツ大会開催に合わせる形で開業した。

東西冷戦下で政治的に分裂していたベルリンでは、長距離列車の拠点が複数の駅に分散していた。 旧東ベルリンのベルリン東駅(Berlin Ostbahnhof、東ドイツ時代末期に「ベルリン中央駅」に改称)と、旧西ベルリンのベルリン動物園駅(ツォー駅、Berlin Zoologischer Garten)である。 当駅は、その統合を行い、旅客の利便性は飛躍的に高められた。
当駅の位置には、第二次世界大戦直後まで、レールテ駅(Lehrter Bahnhof、日本語ではレアター駅とも)というターミナルが存在したが、1950年代初めに長距離列車の発着が廃止され、都市線(シュタット線)のSバーンの駅(Lehrter Stadtbahnhof)だけが残されていた。当駅建設に際してはSバーンの駅も含めて、完全に作り直された。 IATA空港コード「QPP」が割り振られている。

ベルリン以外のドイツ旅行情報

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