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クロアチア


クロアチアについて

クロアチア共和国はヨーロッパの議会制民主国家であり、バルカン半島の北西部と中西部の小さな飛び地を領土とする共和国である。
アイルランド、スイス、スロヴァキア、デンマークなどと同じの国土面積をもち、石炭・石油を産し、工業化が進展している国である。
豊かな観光資源が魅力で、近年は人気と注目が集まっている国である。

クロアチア旅行の人気エリア

ザグレブ旅行

歴史的な景観の残るクロアチアの首都。

ドゥブロヴニク旅行

アドリア海沿岸でも傑出した観光地。「アドリア海の真珠」とうたわれる美しい町並みが魅力。

クロアチアの基本情報

正式名称

クロアチア共和国(Republic of Croatia)

首都

ザグレブ(Zagreb)

通貨

クーナ(HRK)

人口

441万6千人(2008年)

言語

大半がクロアチア人。セルビア人やシュニャク人などもいる。

宗教

大半がローマ・カトリック。少数派でセルビア正教会やイスラム教。

民族

内陸に入り込む地域は大陸性気候、アドリア海に沿った地域は地中海性気候という気候区分がある。アドリア海沿岸は地中海性で晩秋までおだやかな気候が続き、冬も肌寒い程度だが、内陸部の冬は寒さが厳しい。晴天率の高いアドリア海沿岸の夏が旅行シーズンである。夏の平均気温は内陸部で20度前後、沿岸部が25度前後。冬は内陸部で0~4度、海岸地域が5度前後である。

面積

5万6542平方キロメートル(九州の約1.5倍)

位置

クロアチア語。ごく一部でセルビア語も使われている。

気候

東ヨーロッパ、バルカン半島に位置する国である。西にスロベニア、北にハンガリー、東にボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビアと国境を接する。南側はアドリア海に面し、ドゥブロヴニク地方はボスニア・ヘルツェゴヴィナのネウムによって分離された飛び地で、東はモンテネグロと接している。国土は、ザグレブを中心とするフルヴァツカ地方、北西部のイストラ半島、ハンガリーとボスニア・ヘルツェゴヴィナに挟まれたスラヴォニア地方、アドリア海沿岸に沿って延びるダルマチア地方に分けられる。ダルマチア地方には大小1000以上の島が点在しており、ダルマチア列島と呼ばれている。

時差

マイナス8時間。サマータイム期間(4月から11月)はマイナス7時間。

クロアチアの旅行情報

クロアチア旅行の見どころや文化など、旅行情報はこちら!

クロアチアの観光スポット

プーラ
プーラはヨーロッパの自転車網であるユーロヴェロの9号線の終着地点に位置する都市である。プーラには有名なローマ劇場という古代ローマ時代に建設された半円形の劇場をはじめ、たくさんの興味深い観光名所がある。セルギイ家のアーチという紀元1世紀に建てられた凱旋門や、同時代に建てられたプーラのコロッセウムというアンフィテアトルム。最高部にヘラクレス神の頭部が飾られているヘラクレス門やカシュテルという星型の城など、国際的に人気を集めている地域である。

ザゴリエ地方・トラコシュチャン城
ザグレブから北西にザグレブから約70kmに位置する、ザゴリエは自然に満ち溢れた地方である。ワイン畑で有名であるが、他にも森林や草原、果実園や美泥の丘が絵のような風景が広がっている。そして、何より、有名で代表となる歴史的建造物がトラコシュチャン城である。湖に移る城や騎士および狩猟の部屋やミュージックサロンがあり、クロアチアで一番美しくロマンチックなお城と言われている。18世紀はじめにユライ・ドランコヴィッチが復元し、大邸宅として使用されている。

クロアチアの世界遺産

ドゥブロヴニク旧市街
アドリア海に面したオレンジ色の屋根で統一された建物が立ち並ぶドゥブロヴニク旧市街。「アドリア海の宝石」と呼ばれ、ヨーロッパではもっとも美しい地中海都市のひとつとされている。20世紀末の内戦で2000発の砲弾や爆弾を浴び、街は壊滅状態に陥りった。そのため危機遺産に登録さたが、市民たちの手によって再建され、1998年に危機遺産リストから除外されている。今ではクロアチア観光の大人気スポットである。

ディオクレティアヌス宮殿があるスプリトの歴史的建造物群
最も偉大な統治者といわれている、ローマ皇帝のディオクレティアヌスによって3世紀から 4世紀初頭にかけて、帝位を退いた後の隠居生活のために建てられたものである。白い石灰岩や大理石を用いて作られており、大理石はブラチ島の石切り場から、凝灰岩は近隣の河床から、煉瓦はサロナで作られたものである。金の門近くにある「グルグール像」の左足の親指を触ると、幸せになれると言われている。

ポレッチ歴史地区にあるエウフラシウス聖堂の司教建造物群
ポレッチは、クロアチアの西部にあるイストラ半島のアドリア海に面した都市。紀元前2世紀頃にローマ人によって町が築かれ、4~6世紀に初期キリスト教の建造物が建てられた。6世紀前半、ビザンツ帝国時代に建造されたエウフラシウス聖堂の内壁は、黄金のモザイクで彩られており、当時も状態を良く保っている。

シベニクの聖ヤコブ大聖堂
シベニクの聖ヤコブ大聖堂は、ダルマティア地方の沿岸部に位置する。レンガや木の柱を使わずに建てられた石造建設の教会である。大聖堂建設を進めた有名な建築家3名の特異な技法が輝く仕上がりになっている外側の壁面に彫られている72人の人の顔が特徴的である。

スタリー・グラード平原
スタリー・グラードはクロアチアのダルマチア地方のフヴァル島北東部に位置する町である。イオニアギリシアパロス島から紀元前4世紀に植民地化されたまま残っているアドリア海で最も古い集落であり、文化的景観である。スタリー・グラードはクロアチア語で古い町という意味である。

クロアチアのグルメ

内陸部と海岸部がV字を形作るような極端な形をしており、地域によって食生活が異なる。クロアチアのザグレブなどの内陸部では豊富な農作物やチーズなどの酪農品や肉料理が多い。全長1778kmにも及ぶ長い海岸部では新鮮なアドリア海の魚介類が多く使われる。シーフードのリゾットや、魚介類のスープ、スカンピという手長エビや魚のグリルなどがよく食べられており、クロアチアはカキやムール貝の産地でもある。また、対岸のイタリアの影響もあり、本場イタリアにも負けない味のスパゲティやリゾット、ピザなどがある。

クロアチアの歴史

クロアチアは他の西ヨーロッパの国々と同様に、ローマ帝国が消滅した後、ヨーロッパでは大移動の動乱が起こった。その時期にクロアチアの民族は現在のクロアチアの地に落ち着いた。7世紀には独自の公国を築き、9世紀には独立国家を建て、10世紀にはクロアチア王国を形成した。この頃にキリスト教が浸透し、キリスト教国として西ヨーロッパの一員となった。

そして、11世紀になって、ハンガリー王国の支配下に入り、自治権を確立。しかし、15世紀にはハンガリーの政策によって沿岸部はベニスの支配下に入ることとなった。更に、16世紀にはハンガリーと共にハプスブルグ帝国の支配下に入ることとなった。大切な領土を失ったが、オスマン帝国の侵略・トルコ帝国の来襲を防ぎ、16世紀から17世紀にかけての経済と文化の発展は最先端の西ヨーロッパの文化に附随するができた。

しかし、ハプスブルグ帝国の没落後の1918年からの70年間、敗戦国民として苦しめられることになってしまったのだ。1945年からはユーゴスラビア連邦の一員になった。そして1992年1月ついにクロアチアは独立国家として新しい歴史を歩み始めたのである。

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